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『ムーレ神父のあやまち』

Posted by pigmon2 on 10.2010 読書 0 comments 0 trackback
 叢書中、休息と気晴らしのシリーズと呼ばれる4編のひとつです。『プラッサンの征服』で神学校へ進んだムーレ夫妻の次男セルジュの神父になった後のおはなしです。

 セルジュ・ムーレ神父はとにかく真面目で穏やかで信仰心の厚い草食系男子です。辺鄙な田舎でのなにもない不自由な生活にも満足しているような人畜無害な人です。ある日叔父のパスカル博士が臨終の患者のところへ向かおうとしているところへ出くわし改心を勧めるために同行します。ところが当の哲学者は怪我はしているものの命に別状はなく宗教などとは無縁な変わり者でした。その哲学者の姪にあたるアルビーヌは学校も行かず広大な庭で文明とはかけ離れた生活をおくる野生児。ムーレ神父は彼女に出会ったことで何かが変化します。

 その夜、あまりにも熱心に祈ったため?熱にうかされた神父は気を失ってしまいます。気を失い記憶も失ってしまった神父を伯父のパスカル医師はアルビーヌのもとに預けます。自分が何者かもわからない神父はアルビーヌの介抱のもと健康を取り戻し、至極自然に二人は愛し合います。しかし初めて結ばれた日、神父の記憶が蘇り教会に戻っていきます。

 元の生活に戻りながらもアルビーヌへの思いと神父としての立場に葛藤する日々。一旦はアルビーヌの元へ向かったものの自分自身を変えることはできず、またアルビーヌを文明社会へ導くこともできずに別れを選びます。悲しみのあまりアルビーヌは花に囲まれ窒息死します。


   ☆     ☆      ☆     ☆     ☆


 とってもきれいなおはなしです。恋人達が俗世界から隔離されて共同生活している様はまさにエデンの園。田園風景の描写もみごとです。土の匂い、草いきれの匂い、花々の香り、泉の水の匂いまで嗅覚を刺激します。いくら熱に浮かされたからといって記憶を失うのか?花の匂いで窒息できるのか?という素朴な疑問も生じますが、まあ良しとしましょう。

 作中セルジュとパスカル博士が出会うシーンで、博士がマルセイユに行ってオクターヴに会ってきた。彼は今度パリへ進出して一旗上げる気でいるらしいと語ってました。ところが・・・この話はセルジュが26歳の時の話で兄のオクターヴが『ごった煮』でパリに出たのは確か26歳のときだったと思うので、本来この時点では既にパリに行っていたことになり辻褄が合いません。時々作者のこういった思い違いが随所随所に見られるのも叢書を読む楽しみ?ですかね。

 セルジュは基本的には真面目ないい人なんだけど、どうしてなかなかすっとこどっこいな奴です。マリア様に対する過剰な信仰心はよくよく読んでみると10代の少年がアイドルに熱を上げるのとそうそう変わりはありません。頭の中で勝手に理想の女性を描き出し、それを普通の男の子だったら恋愛感情で表現するところを信仰心に置き換えているだけです。それは、まあ、可愛いんですが、『プラッサンの征服』で彼の両親を死に至らしめたのは誰あろう神父という存在だったにもかかわらず彼は神父への道を突き進みます。

 本当に情愛のある人間なら両親の、特に母親が災難にあった大きな原因である神父に対して疑問を抱くのじゃないでしょうか。真面目な人間、優秀な人間というのは表面だって他人に迷惑をかけることもないし、無難に日常をすり抜けて行ってしまうものですが、その分周りが気がつかない身勝手さを秘めているように思えます。セルジュのアルビーヌに対する身勝手さもそのひとつで、自分の秤でものごとを見極め彼女の気持もまったく理解しようとしません。

 本書には無心論者のジャンバルディアルシェンジェ修道士の対立が描かれています。ジャンバルディは無神論者で教会にも宗教にもなんの敬意も払いませんが人間的にはアルシェンジェなどよりずっと勝っています。アルシェンジェはとりあえず行いだけは真面目なだけで女性蔑視、子どもや身分の低いものを軽んじて他人の気持を省みないとんでもない奴です。ここにも真面目な人間の身勝手さが現れています。ただ、最後にジャンバルディが
「おまえの耳を切り落としてやる」
と言って本当にアルシェンジェの耳を切り落とすのは、ちょっとやりすぎですね。

 本書では『プラッサンの征服』にも出てきたセルジュの妹・デジレが活躍します。デジレは頭は弱いけど動物達を可愛がり人の気持を理解するなんともなんとも頼もしい存在として成長しています。『プラッサン・・』の頃は周りの庇護が必要なただただ弱い存在でしたが、本書では伯父のパスカルが
「一族の希望だ」
と述べているほどで、実に生き生きとしています。デジレの存在で悲しい物語にも希望が添えられています。


 アルビーヌは白をイメージした少女なのだそうです。叢書のなかでもう一人白をイメージした少女が登場します。『夢想』のブランシェ・ルーゴンです。次はもうひとつの純愛ストーリーを読んでみたいと思います。





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