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『斑女』

Posted by pigmon2 on 03.2007 読書 0 comments 0 trackback
 もしも、私が役者だったら演じてみたい役が2つある。ひとつはオスカー・ワイルドの『サロメ』、もうひとつが三島由紀夫の『近代能楽集』の中にある『斑女』の花子。どちらも美女の話であり恋をしたことにより気が狂ってしまう女の物語である。
 若かりし頃狂うという行為に何かしら憧れのような感情を抱いた。これまで生きてきて、それほど恋愛経験があるわけじゃないけど、狂うくらい夢中になれた男性はいない。我を忘れてのめり込めるくらい素敵な人がいたらお目にかかりたい。

 恋愛に限らず、その瞬間は夢中になれる事があっても四六時中そのことばかりに心を捕らえてはいられない。熱血高校球児だってユニフォームを脱いで家に帰れば、追試にならないか心配したり、好きな女の子のこと考えたり、友達が言ったひとことを思い出してムッとしたり些細なことに思いわずらったりしている。

 この戯曲の花子は恋人を待っている間に気が狂ってしまう。女流画家の実子はそんな花子を引き取り面倒をみる。能楽の『斑女』では待っていた恋人が帰ってきたら斑女が正気に戻り愛の力をたたえる終わり方をする。ところが三島版『版女』は恋人・吉雄に再会しても正気には戻らず迎えにきた男は自分の待っている吉雄ではないと言い張る。

 花子は吉雄のことを愛してなどいない。彼女は吉雄との思い出、自分が描いた幻想の中に籠って現実を見ていない。

 一方実子も花子のことを愛してなどいない。もしも本当に花子を思って面倒を見ていたのなら吉雄が戻った時あっさり引き渡していただろう。その前に正気に戻るよう働きかけるはずだ。

 富も名声もあるが誰からも愛されたことのない女、実子。今でいうならさしずめセレブな負け犬。彼女は花子に同情しているのではなく、きれいな花子を自分の手元において楽しんでいるだけだ。生きてる人間で人形遊びをしている。

 二人の女が手を取り合うラスト・シーンが美しいという書評を読んだことがある。自分の幻想に閉じ篭る女と、それを眺めて楽しむ女。エゴイストとエゴイストのもたれ合い。決して美しいはずはないのだが、やっぱり美しく感じてしまう。三島由紀夫の筆の力か。



 

 
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